2025/10/03 21:23



1921年11月17日、フィンランドの首都ヘルシンキに生まれたウラ・プロコッペ(Ulla Procopé)は、20世紀中盤の北欧デザイン黄金期を代表するデザイナーのひとりです。


                                                          Ulla Procopé

1948年にヘルシンキ美術工芸学校(現アアルト大学芸術学部)を卒業後、すぐにARABIA社へ入社し、絵付け部門でキャリアをスタートさせました。入社からわずか2年後にはモデル・デコレーション部門へ異動し、当時アートディレクターであったカイ・フランクの目にとまり、彼のチームへ抜擢されたことが大きな転機となります。


プロコッペは、フォルムと装飾の両方を自ら手がける稀有な才能の持ち主でした。デザインを紙の上で描くだけでなく、ろくろを引いて自ら原型を成形し、釉薬の実験までも行うという、陶芸家としての確かな技術と研究者のような探究心を併せ持っていました。

「派手な装飾や流行を追うのではなく、使う人の暮らしに静かに寄り添うこと」。それが彼女の信念であり、控えめな性格を反映するように、作品はどれも実用性と耐久性、そして上質な美しさを兼ね備えていました。


1950〜60年代、ARABIAが世界的な名声を築いた「黄金期」において、プロコッペは欠かせない存在となります。SモデルやNDモデルなど、後に多くのシリーズのベースとなるフォルムを次々と生み出し、北欧デザイン史に残る数々の名作を世に送り出しました。





地中海の記憶が息づく「Valencia」



数ある作品のなかでも、プロコッペの名を広く知らしめた代表作の一つが「Valencia(バレンシア)」です。



このシリーズが生まれたのは1960年代前半。地中海に面したスペイン・バレンシア地方からインスピレーションを受けており、深く濃いコバルトブルーの手描き装飾が最大の特徴です。装飾はすべて熟練の職人による手描きで、一つとして同じものが存在しない、手仕事ならではの表情を見せてくれます。


この色彩とモチーフの背景には、プロコッペ自身の人生経験が深く関わっているといわれています。彼女は幼少期にスペイン国境近くの南フランスで暮らしたことがあり、その記憶や風景が心の奥に残っていました。晩年をスペイン・カナリア諸島で過ごしたことからも、地中海文化への強い憧れと愛着がうかがえます。「Valencia」は、単なるデザインの産物ではなく、彼女の記憶と感性の結晶ともいえる作品です。





NDモデル ― 機能美と優雅さの融合



Valenciaのフォルムには、シリーズのために新たにデザインされた「NDモデル」が用いられました。



やわらかな曲線と、カップ底に高く立ち上がる高台が特徴で、北欧デザインらしい端正な造形の中に優美さと気品が漂います。


その姿はどこかクラシカルでありながら、日常の食卓に自然に溶け込むバランス感覚を備えており、「美しさと実用性の両立」というプロコッペの信念を映し出しています。


NDモデルはその後、エステリ・トムラによる「Katrilli(カトリーリ)」、アンヤ・ヤーティネン・ウィンクヴィストによる「Paju(パユ)」、果実のモチーフが手描きされた「Palermo(パレルモ)」など、数々の人気シリーズへと受け継がれました。

なかでも、彼女がフォルムだけでなく装飾デザインにも携わったPurpuri Jenkka(プルプリ・イェンカ)は、没後にわずか1年間だけ製造された未完の遺作とも呼ばれ、今では「幻のシリーズ」として知られています。

また、特定のシリーズ名はないものの、絵付けの施されていない真っ白なNDモデルも作られていました。フォルムの美しさを際立たせる一品として知られ、現在では希少なアイテムとなっています。




静かな情熱、デザインの遺産



病を患い1966年頃にARABIAを退社したプロコッペは、1968年に療養先のスペイン・テネリフェ島で自動車事故に遭い、わずか47歳でその生涯を閉じました。

もし彼女がもっと長く活動していたら──そんな想像をしてしまいますが、彼女のデザインが今なお色褪せることなく愛され続けているのは、その短い時間の中に情熱と創造性が凝縮されていたからかもしれません。


暮らしの時間に寄り添い、手にするたびに静かな喜びをもたらしてくれる「Valencia」。それは、ウラ・プロコッペというひとりのデザイナーの記憶と哲学、そして美意識が形となった、時を超えて今も北欧デザインの精神をそっと語り継ぐ名作です。